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ひとり言 バックナンバー 13

Contents

Scene61 レースで感動したい

Scene62 バリアフリーを考える

Scene63 レースの綾(あや)

Scene64 マリコさんへの手紙

Scene65 シドニーオリンピック


Scene61 レースで感動したい

夏のスポーツイベントといえば高校野球でしょうか?連日NHKで中継されスポーツニュースでもダイジェストで結果が報道されていますのでイヤでも目に入ります。この甲子園で連日繰り広げられる熱闘にどうして多くの人が惹きつけられるのでしょう?

私なりに理由を考えてみました。

@自分の出身校が出場 A自分の出身都道府県出場校を応援 B高校生の一喜一憂する姿が見られる C試合が終わるまではどちらが勝つかわからない D野球を見るのが好き E女子高生が好き 

いろいろな理由が考えられますが出場選手、応援団、観戦者、視聴者が試合を通じて心を震わせていることは紛れもない事実です。

モータースポーツも高校野球と同じように多くの人に感動を与えてほしいと思うのは私だけではないと思います。Scene58で述べましたがフルフェイスヘルメットを被って走るモータースポーツは競技中に選手の表情を見ることができません。この点が単にレースを観戦した方々にとってモータースポーツを理解しにくい理由となっています。

2輪レースで夏の風物詩となっている8耐≠ェ盛り上がる要因はレース時間が長いこととライダー交代があるのでマシンを降りたライダーの表情を捕らえるチャンスが多いことが考えられます。また、国内トップフォーミュラー「フォーミュラー・ニッポン」ではレースをより解り易くなるように様々な試みが行われています。インターネットでのレースリポートやドライバー紹介・チームリリースを掲載、サーキットでは予選終了までの展開を伝える速報新聞の配布などを行っています。

ひとつの案ですがレーシングカートでもレース開催前日までにエントリードライバーが練習で記録した最速タイムを参考掲示するとか、レース開催前週にタイムアタックイベントを催すなどして決勝レースを宣伝してみてはどうでしょうか?また、レース当日エントリードライバーのプロフィール(年齢、出身地、カート歴など)を観戦者に配布するだけでもレースの見方が変わると思います。

カートレースはモータースポーツの中では手軽に参加できる身近なものです。これを参加者と関係者だけの催しとして続けて行くだけではあまりに寂しいし衰退の恐れもあります。観戦者がドライバーに対して何か共通点を見つけたり、応援したくなる何かをドライバーから感じ取ることができればレースで感動する♂閧ェ生まれ育つと思います。

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Scene62 バリアフリーを考える

先日、地方選手権の取材で榛名モータースポーツランドに行きました。この日は地方選手権と併催でGKTシリーズのレースもあったのでレースが盛り沢山でした。

レースのプログラムの中にFHクラスというクラスがありました。既に雑誌等でご存知の方も多いと思いますが、FHクラスのマシンはアクセルとブレーキ操作を手動で行うマシンで足に障害を持っている人でもカートレースができます。見た目はロールバーのついたカートという感じで、走りだけを見たらストックマシンとの違いは何もありません。台数は多くなかったのですがドライバーの方達がとてもカートレースを楽しんでいる姿を見てとても嬉しく感じました。また、FHクラスを支えるメカニックや開催に尽力されているコース関係者の皆さんの協力にも温かい心を感じました。

バリアフリーという言葉を耳にされた方も多いと思います。体に不自由なところがあり私達が普通にできると思っている≠アとでも バリア(=さく、障壁)となってしまい、やりたいことができなかったり諦めてしまうことのないようにしようと様々なことが試みられています。近年になって「バリアフリー」という言葉も認知されはじめ、公共の施設を筆頭に車椅子用スロープや身障者用トイレが設置され目にすることも多くなりました。

施設の面ではバリアフリーも進んできていると思いますが、障害者用として区別することに私は少し疑問を感じています。あえて障害者用とせず誰でも不自由無く使える$ン備が理想だと思います。さらに大切だと思うのは心のバリアフリー≠ナはないかと思います。心の中に健常者と障害者という区分け≠ナ考えるのではなく他人のことにも気を配る≠ニか困った人を助ける≠ニいった人としてごく自然な思いやり≠ェ大切だと思います。

カートドライバーの方ならば知らない方に手伝ってもらったり、教えてもらった≠ニいう経験をお持ちの方も多いと思います。そのようなごく当たり前の親切≠ェカートコースに満ち溢れてほしいと思います。

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Scene63 レースの綾(あや)

ここ数ヶ月の間に「レースは何が起こるかわからない」ということを実感させてくれたレースを数多く見ることができました。トップカテゴリーでの出来事だったので、既にTVやモータースポーツ誌でご存知の方も多いと思いますが簡単にそのレースを振り返ってみたいと思います。

2000 8/20 CART 第14戦 ロード・アメリカ

 7番グリッドスタートのポール・トレイシーは序盤にトラブルで最後尾まで順位を落してしまったが、過酷なサバイバルレースという展開の中、鬼神の追い上げを見せたトレイシーは38周目トップに立つ。3度目のピットインを早めに済ませコースイン、その後上位陣がピットインして再びトップに浮上したトレーシーが優勝を果たした。

2000 9/3 フォーミュラー・ニッポン 第8戦 富士スピードウェイ

 10周過ぎに発生した金石選手のクラッシュでレースは赤旗中断となる。レース再開後、各車がタイヤ交換でピットインする中、前半にタイヤ交換を済ませていた柴原眞介がトップとなった。柴原は最後尾(再開時点)スタートだったがタイヤ交換ルールが幸いしてトップとなり、後続の高木虎之介との間には20秒ほどのマージンがあった。「柴原初優勝!高木の連勝ストップ!」と思われたが、タイヤの消耗が進んだ柴原は高木、本山に抜かれはしたものの大健闘、3位表彰台を獲得した。


2000 9/10 全日本GT選手権 第5戦 TIサーキット

GT300クラス最後尾スタートだったウェッズ・スポーツ・セリカは熟成された速さで健闘し3位入賞を果たした。各チームが2000年モデルや最速モデルを投入する中、型落ちのFFマシンながらドライバーとチームが一丸となってつかんだクラス3位だった。

ドライバーはどんな順位でも諦めてはいけないと教えてくれたレースでした。

速く走る、ひとつでも順位を上げる、自分に負けない、メカニックもドライバーと一緒に戦っている、観戦席にはあなたを応援している人が必ずいるということを忘れないでください。

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Scene64 マリコさんへの手紙

カート専門誌「JAPAN KART」には読者からの声を掲載する「セイフティー・ゾーン」というコーナーがあります。その中に「マリコのどこでもエッセイ」というコラムが連載されていましたが、2000年10月号でコラムの連載が終了することになりました。「マリコのどこでもエッセイ」は「カートひとり言」を作るキッカケとなったコラムで、レーシングカートをいろいろな面から捕らえ、様々なことを読者に問いかけてくれました。連載の最後にマリコさんから読者の方へいくつかの質問がありました。今回はその質問と私なりの考えを記したいと思います。

マリコさんからの質問

その1 どんなキッカケでカートを好きになり、乗り始めたのですか?

レーシングカートに関係している人に質問する定番とも言えるもので、私もこの質問をして答えを拒否されたことはありません。初めてレーシングカートに接した記憶は人それぞれに形は違っても日常生活とは全く別の大きな感動や刺激≠ェあったからカートに惹かれたのでしょう。

私がカートを始めたキッカケはプロフィールに少しだけ記してあります。

その2 カートは楽しいですか?どんな時楽しいですか?

この質問は「あなたはどんな人間ですか?」という答えから楽しいと感じる場面が決まると思います。カートをストレス発散の場と考えている人はいい汗かいたな≠ニ感じた時かもしれません。カートは自分を磨く鍛錬の手段と考える人なら自己ベストのタイムを更新できた時でしょうか。単なる負けず嫌いの人はレースで優勝した時かもしれません。

私はいい汗≠ニ自己ベストタイム≠ワた、チームをはじめ関係者の方々との交流にも楽しさを感じていました。

その3 カートから得るものがありますか?

この質問では、体力面、精神面で良い経験がたくさん得られることがあげられますが、「ひとり言」で述べてきたことと重複するのでここでは気になる2点について触れてみます。

a、金銭面で自分を律することが出来る人は問題ないのですが、中には借金を背負うようなお金の使い方≠してカートを辞める人がいます。自分の蒔いた種ではありますが望ましくない事例です。

b、以前「ひとり言」に書きましたがレースには様々な思いを持った人が集まります。優勝が目的の人、目標としている人、夢に描いている人、中には将来レーシングドライバーを目指してカートレースに参戦している方もいます。考え方の違いから起こる行き違いで文字通り接触クラッシュが起きた時、自分の考えだけを正当化してぶつけたドライバーに手を上げる場面を見ましたが、レース中のアクシデントはオフィシャルの判定に従い抗議は正式な手順で行わなければなりません。自分の怒りを暴力で晴らすべきではありません。

良い面が多いカートですが、人間関係のこじれなどの悪い面に遭遇することもあります。良い面、悪い面含めカートを通じて得るものが多いと思いますが、数多くの経験を生かすも殺すもあなた次第です。

その4 何の為にカートをしているのですか?

レーシングカートは数ある趣味(=楽しみとして愛好する事柄)の選択肢のひとつです。

何の為にカートをするか?その答えは前出の質問その2の答えがそのまま当てはまると思います。カートは楽しいからです。

カートは生き甲斐のひとつという方もいらっしゃることでしょう。大袈裟かもしれませんがカートが人生の糧、スパイス、息抜きとなれる楽しさや魅力があるからカートが廃れずにここまで続いてきたのだと思います。

皆さんはこの質問にどのような答えをされますか?「Racing Kart Fan Club」や「JAPAN KART」へEメールをいただければ幸いです。

カートは人生の全てではありません。カートに乗って走っていなくてもカートに関わる方法はいくつもあります。カート以外の楽しみが見つかればそちらに向ってもいいと思います。深く思い悩まずにカートを楽しんで人生歩んで行きましょう。

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Scene65 シドニー・オリンピック

2000年9月中旬から約半月、オーストラリアで開催されたシドニー・オリンピックは私達の記憶に残るイベントでした。この世界最大のスポーツイベントが残した大きな感動と波紋をモータースポーツに絡めながら振り返ってみたいと思います。

◆主役は選手

とかくメダル獲得に注目が集まりがちですが、結果がどうであれ選手が全力を尽くす姿に観戦者は感動を覚えます。どんなに派手な演出で開会しても競技場という舞台で繰り広げられる選手の汗と涙が主役なのだということを再確認しました。私達が目にすることが出来るのは放送されたほんのわずかな競技と選手の姿であるのは残念でなりません。全力を尽くした選手全てに拍手を送りたい心境です。

◆大きな組織と大きな資金

イベントの盛大さは人的エネルギーと投入される物量が大きなウエイトを占めます。オリンピックの費用はF1同様TVの放映権料がその大半を占めると思われます。F1よりもスポンサーが露出することの少ないオリンピックですが選手のユニフォームにはスポーツメーカー名はしっかり刻まれていました。また、派手な開会式や増やされた競技種目はTVサイドからの要求もあったようです。

プランの企画と現場での運営実行を成功させるためには多くの人間を組織化してまとめ、その人件費と物資の費用を予算化し実行しなければなりません。様々なトラブルもあったようですが閉会までの17日間を終えた関係者そして多くのボランティアの存在を忘れてはなりません。

◆ドーピング

オリンピック開催前から禁止薬物の使用がとり沙汰されていましたが、メダル剥奪となった選手が資金的に貧しい国であったということで資金を持つ国は違反も見つからないようにしている≠ニいった疑惑を残す事になりました。FニッポンやGT選手権でもドーピング検査を行うということが報道されましたが、車検違反を含めスポーツが今後解決しなければならない問題を浮き彫りにする事件でした。

◆オリンピックの裏側で

ドイツではオリンピックと同時期に環境をテーマにした万博が開催されましたが、予想を大幅に下回る入場者数に主催団体は頭を痛めているということです。開催時期や入場料の問題もあったようですが、後には莫大な負債が残ることになり万国博覧会そのものが時代の要求に合っているのか?が問われているようです。

カートも時代とともに変化してきました。そして今、変革期にあるようです。「トヨタのF1参戦に伴いモータースポーツは再び盛り上がりをみせる気配はあるが、それは一時的にカンフル剤を投与したようなもので場合によってはその後衰退する可能性もある」(カート関係筋)

カートの将来はこれからのドライバーと関係者によって形作られてゆきます。レースに参加したとき胸ときめかせて優勝を目指すようにカート界≠熕Vたなスタートラインから広く深く根づくように変化を遂げ、盛り上がってほしいと思いました。

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